熊本で豆柴が迷子になりました

豆柴の女の子が、2008年1月28日(月)朝8時40分頃、熊本市花園にある柿原公園にて迷子になりました。50日の捜索活動の末、遺体で発見され、ようやく自宅に戻ってくることができました。このブログはその捜索活動の記録です。

最後の日記

今日で日記は最後にします。

今回、私たちが失ったものはかけがえもない大きなものでしたが、
その代わり、私たちの身に余るほど多数の善意を頂きました。

最後になおが教えてくれたのは、私たちが正にあの子に伝えたかった、
「人間はこんなにも温かいんだよ」ということ・・・。

現在、知り合いの犬が迷子になっており、捜索活動に協力中です。
今後はそちらに専念したいと思います。
迷子犬探しなど、何か御用がありましたら、左のメールフォームからご連絡ください。



本当に、ありがとうございました。



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名生の月命日(1ヶ月)

4月10日で多分、名生が亡くなって1ヶ月の、月命日になります。
名生が亡くなってから、1枚目の写真のようにたくさんのお花が届きました。
直後に届いたお花

また、その後も、2枚目の写真のように心のこもったプレゼントを頂きました。
柴友さん達からの贈り物

3枚目が現在の写真です。
1ヶ月の月命日

名生のために、本当にありがとうございました。

3枚目の左下の小さいのは、私がどうしても欲しくて、
結局オーダーメイドで製作して頂いた、チューリップのプリザーブドフラワーです。
名生のイメージ、ピンク〜黄色の淡いグラデーションで作って頂きました。

ペット葬儀場に行く時にはお花を買っていったのですが、
つい全部手向けてしまって、帰り道は一杯一杯で家に直行してしまって、
家に帰ってから「お花を買ってくれば良かった」と後悔しました。
なので、たくさんのお花はとても有難かったです。
でも、狭い家ですので、これで十分だと思います。 どうぞ、お気遣いなく・・・。

少しゆっくり休ませて頂いて、気持ちの整理をしていました。
頂いたコメントは、皆様の気持ちがこもったものですから、
全部返信するまでは新しい記事を更新しないと決めていたのですが、
月命日になってしまったので、とりあえず現状報告です。
温かいコメントを読むとまた涙がこみ上げてきて作業が中断してしまい、
なかなか先に進めない状態で、お待たせしてしまい、申し訳ありません。

そうこうしているうちに、友だちの友だちの柴犬が近所で迷子になってしまい、
現在捜索活動に協力中です。
皆様から頂いた知恵の数々が、今度こそ活かせますように・・・。

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後始末

名生が戻ってきたので、掲示してあるチラシを回収しなければなりません。
ある程度は現地入りした際に剥がして貰うようにお願いしましたが、
郵送した分など、私がお願いした分もまだまだあります。

なので、1週間ほどブログをお休みして、回収に専念しようと思います。
ご了承くださいませ。

P.S.熊本入りの際の写真を追加しました。

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熊本に行って良かったです

今日は、名生の父犬と祖父犬、それから異母兄に会ってきました。

<お父さん> 換毛期真っ盛りでモコモコでした。名生の落ち着きのなさはお父さん似?
お父さん

<お祖父さん> やはりモコモコでした。名生のびびりんぼうはお祖父さん譲り?
お祖父さん

<異母兄ちゃん> 名生の実の兄とそっくりでした。
異母兄ちゃん

<おまけの我が家の母犬>
母

<おまけの名生> お外では警戒して険しい顔をしますが、家ではこんなです。
ボール遊びをする名生


母犬の出身犬舎には、協力者2名さまが車で連れて行ってくださいました。
他にも、1名さまが愛犬連れで来てくださいました。
午後から学校にお礼を述べに行った時には、
城西小前で名生らしき柴犬を目撃して、
その後協力して下さっていた方も駆けつけてくださいました。
本当にありがとうございました。

学校の先生と相談した結果、今後、花を手向けに学校に来て頂くのは、
遠慮して頂こうという話になりました。
それに合わせ、ブログでも学校の名前などは伏せさせて頂きました。
皆様のお気持ちは十分、名生に届いていると思いますので、どうかご了承下さいませ。

名生を最初に発見して下さったのは、野球部の部員さんだったそうです。
そのまま職員室の窓を叩き、先生に知らせてくれたと聞きました。
実は、名生が発見されたのは火曜日で、そのまま埋めようとした所、
生徒さんたちの中に名生のことを覚えて下さっていた方がいて、
「それって、もしかして新聞の犬じゃない?」という話になったそうです。
それで、翌日、そのチラシを学校に持って来て、という話になり、
首輪で確認ができたので、水曜日、うちに電話をした、ということでした。

昨日今日と2日かけて、名生がいた場所、歩いた道、最期に選んだ場所などを確認し、
最期に名生のぬくもりがあった場所の砂と枯葉などを頂き、
名生が熊本に残してきたかもしれない想いも全て持ち帰ってきました。

今、名生の全ては自宅にあります。
自宅には5つの花束が届いております。
名生を想う気持ち、本当に有難く思います。
日曜日にタウンパケットに「戻ってきました」というメッセージを載せたのですが、
電話番号を記載していなかったにも関わらず、
今日までに11件の熊本の方からお悔やみのお電話を頂きました。
こんなにもたくさんの方に心配して頂けた事、心より感謝いたします。

熊本という地で迷子になったからこそ、地元の人たちの温かい気持ちがあったからこそ、
名生は帰って来れたんだと思います。
やっぱり、行って良かったです。

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名生が選んだ場所

今日、学校に行って参りました。
熊本で名生捜索を手伝ってくださっていた、8組10名さまが集まって下さっていました。
一緒に手を合わせ、花を手向け、まるで我が子のことのように涙して下さいました。
色々とお世話になり、感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

当直(?)の先生が二人対応してくださり、名生が最後に選んだ場所へ案内して、
その時の様子などを教えてくださいました。
明日、連絡くださった先生にアポを取って、最後にお礼を述べたいと思います。

私がすぐに学校に行けなかったため、3組の方が先にお花をお供えしてくださって、
先生方にお話をお聞きして、私にその様子を教えてくださいました。
年度末のお忙しい時期になりますので、
こちらで情報をまとめてご報告しますので、
先生方のお時間を頂戴するのは私で最後にしたいと思います。

今、名生がいた場所はお花がたくさん手向けられております。
他にも行ってみたいと思ってくださる方がいらしゃるかもしれませんが、
お気持ちだけで十分です。

名生が最後に選んだ場所は、学校のほぼ中心でした。
<学校へ続く1本道> 左側にはやっぱり川が流れていました・・・
学校へ続く道

<学校の入り口>
入り口付近

校門を入ると、左手に建物が2つあって、真中に渡り廊下があり、
右手が体育館、奥が校庭でした。
<渡り廊下>
渡り廊下

その左手の建物の間に、白い半透明の波板と木材でつくられた農機具倉庫がありました。
<渡り廊下で左を向くと・・・> 赤い矢印が農機具倉庫
渡り廊下の左側

<農機具倉庫・別角度>
農機具倉庫

<お供え>
お供え

下は20cmほど隙間が空いており、名生はそこから侵入したと思われます。
<下の隙間>
下の隙間

雨風がしのげ、明るい日差しも差し込み、目の前には花壇が広がる暖かい場所でした。
学校の生徒さんたちはとても明るく、全員ハキハキとご挨拶してくださり、
熊本の人たちの温かさ、礼儀正しい校風がよくわかりました。
名生が最後に選んだのは、そんな、人の優しさがあふれているような場所でした・・・。

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