熊本で豆柴が迷子になりました

豆柴の女の子が、2008年1月28日(月)朝8時40分頃、熊本市花園にある柿原公園にて迷子になりました。50日の捜索活動の末、遺体で発見され、ようやく自宅に戻ってくることができました。このブログはその捜索活動の記録です。

名生の父犬に会ってきます

明日、熊本は雨だそうです。
やっぱり、直接先生にお会いしてお礼を述べたいので、
月曜まで熊本に滞在することにしました。

ついでに、熊本の阿蘇にいる名生の父犬に会って来ようと思います
(母犬は我が家にいます)。
同じ熊本なのに、すっかり頭が飛んでいました。
ある人に話をしたら、「それは名生が思い出させてくれたんでしょう」とおっしゃってくれました。

名生も父犬に会えたら喜んでくれるでしょうか・・・。

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熊本へ・・・

熊本行きの切符をキャンセルするのをすっかり忘れておりました。
お財布事情により、飛行機→新幹線→夜行バスとレベルダウンしているあたり、
この年齢ではきついものがありますが・・・。
ちなみに帰りの切符は連れて帰る気でしたので取っていませんでした。
飛行機や新幹線はワンコOKですが、夜行バスは無理ですから。

どっちにしろ、名生が最期にいた場所に自分で花をお供えに行きたかったし、
名生が歩いた道、いた場所、最期に見た風景、全てを自分の目で確かめて、
自分の足で歩いてみたかったので、一度は熊本入りするつもりでした。
なので、3月23日(日)、予定通り熊本入りします。
多分日帰りになると思うのですが、学校が閉まっていれば月曜までいます。

現地で協力してくださった皆様に、ご挨拶もしたいので、
お時間をとって頂ける方は、非公開コメント欄(メールアドレス記入)か、
メールフォームか、メールでご連絡頂けると幸いです。
夜行バスのため、土曜日の夜7時以降は携帯でしか連絡が取れなくなります。
その場合は、自宅の方になおパパが待機しておりますので、お電話ください。

それから、本日、肥後銀行でそっくりな豆柴を見たという方からお電話がありました。
名生が戻ってきたことを伝え、すぐに電話を切ってしまいましたが、
まだ熊本には他に迷子の豆柴ちゃんがいるようです。
きっと飼い主さんは探していらっしゃるから、
ちゃんと話を聞いておけばよかったと激しく後悔しました・・・。
もう、私みたいな想いは誰にもして欲しくないのです。

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名生の命日と死因

名生の訃報を聞いてからいっぱいいっぱいで、肝心なことをご報告するのを忘れておりました。
協力を仰いだからには、最後まできちんと説明する義務がありますよね。

<名生の命日について>
ペット葬儀場の方に名生の命日を聞かれたのですが、
逆に「死後何日くらい経っていたかわかりますか?」と尋ねました。
名生を綺麗にして下さった方は、しばらく考えて「2週間くらい」と答えました。
でも、熊本はここより暖かいことを伝えると、「7-10日くらい」とお返事頂きました。
便宜上、命日は3月10日、ということにしておきました。

<名生の死因について>
先生のお話では、足を怪我とかしているかもしれないとのことでした。
事故に遭ったとか、犬に噛み付かれたとかしたのでしょうか・・・?
そして最後の力を振り絞り、学校の農器具倉庫の下に潜り込んだのでしょうか・・・。

ガリガリに痩せていた名生。
どうやら、脱走後、殆ど何も食べていなかったようです。
脱走から最後の目撃情報まで40日。
食べなくても、犬は1週間は平気だけど、1ヶ月になると危ないとどこかで読んだ気がします。
せめて、低血糖で眠るように逝ってしまったと思いたいです・・・。

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おかえり、名生(なお)

昨日、名生(なお)の亡骸を宅急便センターに持ち込んで送って貰いました。
それが私達の手元に戻ってくる一番早い方法だったからです。
そして、私達の手で名生を虹の橋の袂に送り出しました。
骨壷は、ずっと家に置いておきます。これからはずっとずっと一緒です。

おかえり、名生。
読みにくいだろうから、ブログではずっと平仮名を使っていましたが、
なおは、本当は名生と書きます。
全てにおいて完璧に幸福なものばかりの画数を教えて貰い、この名前を選びました。
最期はとても幸福とは程遠いものになってしまいましたが・・・。

おかえり、名生


たくさんのコメントとメール、本当にありがとうございます。
全部に目を通しておりますが、返信作業はまだしばらくできそうにありません。
ご無礼をお許しくださいませ。

今日、学校に花を手向けに行ってくださった方からメールを頂きました。
うちに電話を下さった先生と直接お話し、花を供えることを了承して頂いたそうです。
別の方もその後、お花を持って向かって下さったと連絡が入りました。
その時にはもう既に2つのお花があったそうですから、
誰か別の方も花をお供えしてくださったようです。
連絡して下さったお二方には直接お礼を述べましたが、
もう1組の方には、この場をお借りしてお礼申し上げます。
本当にありがとうございました。

名生が戻ってこれたのは、ひとえに、
たくさんの情報を色んな方法で皆様が伝えて下さったからです。
そのまま学校に埋められそうになったのですが、
一人の生徒さんが名生のことを覚えていて下さったおかげで、
先生が電話をしてくださり、その後写真で確認し、戻って来れました。
おうちが大好きだった名生を、私達の元で供養してあげられることだけが、
せめてもの救いです。

名生を探してくださった方、
情報提供をしてくださった方、
有力情報があった時、真夜中まで捜索してくださった方、
一生懸命チラシを配って下さった方、
口コミで情報を広げたり収集してくださった方、
メールで名生の情報を広めてくださった方、
ブログなどにリンクしてくださった方、
コメントやメールで応援してくださった方、
PCの前で一緒に祈って下さった方、
全ての人に心から感謝いたしております。
本当に、本当にありがとうございました。

お世話になった皆様に、名生失踪から得られた教訓など、
まだまだ伝えたいことがたくさんあるため、もうしばらくこのブログを続けます。
昨日は一時的にそれまでの全ての日記を非公開に設定し直しましたが、元に戻しました。
どうか「最後の日記」というタイトルの日記を書くまで、お付き合い頂けると幸いです。

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最悪の結末

本日17時前、学校でなおが遺体で見つかりました。
私達の力不足で、このような結末になってしまい、残念です。

今まで協力してくださった皆様、本当にありがとうございました。
くまにちタウンパケットのメッセージ欄でも全体にお伝えするつもりですが、
チラシを配って下さった方は、連絡して剥がしてもらうなどして頂けると助かります。
申し訳ありませんが、メールやコメントを頂いてもしばらくは返信する気力がないと思います。

なお、ごめんね・・・苦しかったね・・・。

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